■技術の利用に伴うリスク管理に関する事例

 

事例2:コンクリートのひび割れ

 

構造計算のミスにより建物パラペット部分にきれつが入ってしまったが、建築主に対し、「収縮きれつである」と報告し、根本的な構造補強を行わず処理した。

 


(1)経緯
本プロジェクトは1980年代後半の比較的小規模のRC構造の構造計算を手計算で行っていた時代の話である。構造設計業務が非常に多忙な時代であり、入社3~5年の若手の構造設計を上司がほとんどチェック無しで確認申請に出し、施工をしていた。


建物は東京近郊の研究施設内にあるRC3階建ての研究棟である。特に特殊な研究開発や実験を行う施設ではなく、普通に見られる研究室が連なる建物である。地盤条件は比較的良質な関東ローム層であるため、設計地盤強度8t/m2の直接基礎形式を採用していた。
施工3年目頃から建物にきれつが多く見られるようになったため、建築主からの依頼できれつ調査を実施した。調査の結果、桁方向の最外端の梁間の外壁及び梁、パラペットに多くのきれつが確認された。特に外壁と梁には明らかにせん断きれつが見られ、パラペットには縦きれつが見られた。この調査の結果を見て、「この建物は不同沈下を起こしているな」と直感した。

 

建築主への報告書を作成するにあたって、構造計算書を入念にチェックした。この結果、想定通り、床荷重の算定ミスが明らかになった。この時代よくある話であるが、端から2番目の柱部分は、床荷重を片側のみ積算し、梁設計用、柱設計用、基礎設計用として用いていた。また、最外端の柱部分は外壁を荷重に入れていなかった。従って、基礎設計用の柱軸力は本来の値の2/3程度であった。結果として、直接基礎への接地圧オーバーが生じ、不同沈下を発生させたことは明らかであった。

 

しかし、1980年代はコンクリートの品質もあまりよくなく、また打設や養生にも問題が多く、ひび割れ発生は当然のように扱われ、補修で処理させていた。このケースにおいても、通常の収縮きれつとして報告され、補修で終えていた。その後、この建物は3年ほど前に解体され、きれつ補修後は大きなクレームは生じなかった。

 

 


(2)問題の認識
構造計算書のミスを表に出した場合、若手構造設計者の自信喪失に繋がることが考えられたこと、荷重不足の補強は大規模になることが考えられ、最悪の場合、建て替えも予想されたことがあり、圧密沈下も収まっているものと判断し、補修ですませることとした。

 

 


(3)放置した場合、現在或いは将来の予測
放置していた場合、圧密沈下が進行していた場合は、さらにきれつが進行し漏水等が生じた可能性もあった。最悪の場合、大地震時において建物崩壊に繋がった可能性もあった。

 

 


(4)当該案件の具体的対象法令と罰則規

建築基準法に抵触するほか、請負における瑕疵担保責任や不正行為に基づき、建築主から損害賠償請求がされるものと考えられる。

 

 


(5)解決のポイント
現在のように構造計算を全てコンピューターで処理する時代にはほとんどありえない話になってきている。しかし、コンピューター万能の時代において荷重データのインプットミスは第3者ではなかなか発見できないものであり、本人の注意力をどのように高めておくかが大きな課題である。

 

 


(6)その他
これまでの大地震(震度5弱以上)が起こるたびに構造体に大きな被害が発生している。この場合、①構造計算にはミスが無く想定以上の地震力が加わった。②構造計算にミスが無く施工に問題があった。③構造計算にミスがあり、これが原因で被害がでた。が考えられるが、私は実際に構造設計に携わった人間として、③が以外に多いのではないかと想像している。新しい設計法や設計基準に基づいた構造設計でも、意外と単純ミスが発生する可能性もある。十分に気をつけた。