■技術の利用に伴うリスク管理に関する事例

 

事例4:廃棄物を現場に埋める

 

見積書に杭頭残材の廃材処理費が計上されていなかったので、鉄筋が含まれている杭頭残材を廃棄処分せず、埋め戻し材として現場に埋設した。

 


(1)経緯
本プロジェクトは競争相手の多い入札の中やっと勝ち取った陸上競技場の建設(公共工事)であり、非常に厳しい予算制限の中で実行せざるを得ない案件であった。さらに請け負ったゼネコンがISO14001を認証取得中であり、現場社員の環境意識が高まりつつあるが、環境マネジメントシステムの適正な運用が図られていなかった。本工事を任された現場代理人(いわゆる現場所長)は、今回の厳しい予算を危機的状況と考えず、この逆境をチャンスに捉えて、このプロジェクトで必ず利益を上げることにより今後のステップアップを目論んでいた。


現場代理人が杭工事の段取りを整えている中で、客席スタンド部PC杭の杭頭切断残材処理費が当初の見積書の中に計上されていないことに気づいた。客席スタンド部分の基礎の杭打設工事で杭長5~7m、杭径450~500mmのコンクリート杭を1280本打設する予定になっており、約1/3が高止まりし、杭頭切断処理が必要になると予想された。単純に全てを廃棄物処理すると仮定すると約40tもの廃材が生じる計算になった。


早速、本社の積算部署にこの件を確認したところ、見積もり落ちの件は素直に認め再発防止に努めることを約束した。しかしながら、本社上層部の判断では、見積もり落ちに関しては積算部署のミスであるが、既に契約を交わしている以上、予算の変更が難しいので、現場の裁量で乗り切って欲しいとの指示であった。この件が処理できれば、現場代理人の人事考課が有利に働くだろうという申し添えがあった。

 

廃材処理を検討する過程で、現場代理人は埋め戻し材料に転用することを思いついた。これが実行されると廃材処理費を抑えることが出来ると共に、廃棄物量が削減され環境負荷低減にも寄与できると考えた。早速、現場代理人は監理者にこの提案を相談した。この提案を聞いた監理者は、環境負荷低減に寄与できるし、杭頭切断残材を埋め戻し材に転用しても不具合はないと思った。監理者は非常に良い提案であることを現場代理人に伝えたが、法令・仕様書チェックを行いたいのでその場で許可は出さなかった。現場代理人は監理者の好印象を鵜呑みにしてしまい、間違いなく承認されるだろうと判断し、早速段取りに取りかかった。

 

次に定例会議において下請け業者に発生する杭頭残材を埋め戻し材に転用することを伝えた。下請け業者に確認したところ、予想通り全杭量の1/3に相当する約400本から杭頭残材が発生することが分かった。ここで、下請け業者から、杭頭残材には鉄筋が含まれているが埋め戻し材に転用することに問題がないのかとの質問があったが、現場代理人は構造上全く問題がなく、さらに廃棄物削減による環境負荷低減効果も期待できると返答した。現場代理人はその場で基礎伏図を広げ、下請け業者に杭頭切断箇所をマークさせ、杭頭残材の埋め戻し場所を決定し、最後に杭頭切断作業日を決定して定例会議を終了した。

 

杭頭切断作業の当日、監理者から次のような電話連絡があった「関係法令をチェックしたところ鉄筋を含む杭頭切断残材をそのまま埋め戻し材に転用することは廃棄物処理法と建設リサイクル法に抵触し、鉄筋の除去及びコンクリート塊の破砕処理を実施しない限り埋め戻すことができない。特に経済的理由から残材をそのまま埋め戻すことは非常に悪質な行動となる。今から仕様書を変更し、現場にコンクリート破砕機を導入すれば埋め戻し可能だが、工程が遅れる可能性がある。」現場代理人は、その場で、杭頭切断残材を廃棄処分することを監理者に伝えた。

 

早速、現場代理人は、下請け業者に埋め戻し材転用の取りやめを指示しようとした。ところが、既に数十本の杭頭残材が埋め戻し材として転用するために、埋め戻し部に投棄されていた。現場代理人は瞬時に次のことが頭をよぎった。「しまった。既に作業が開始されていた。ここまで埋め戻してしまっては、今更中止の指示が出しにくい。埋め戻してしまった残材の回収、廃棄物処理業者への依頼等の現状復旧作業に時間がとられ工期がずれ込んでしまう。それに、現状復旧費と廃棄物処理費の支出がかさんでしまう。現在、このプロジェクトの収支が損益分岐点上にある状況で、このままいけば赤字になってしまう。このまま埋め戻してもおそらく耐久性、構造上問題になることはないだろう。その上、廃棄物削減という環境負荷低減にもなるだろう。私がこのまま作業を実行させても誰も不正は気づかないだろうし、ここしばらく、監理者の視察予定もないことだし。」

 

結局、現場代理人は、手戻り作業による工程の遅れ、利益優先主義の観点から、下請け業者へ作業の中止を指示せず、そのまま、杭頭切断残材を埋め戻し材として転用してしまった。その後、建設工事は大きな事故、工程遅延もなく、無事に陸上競技場は竣工した。現場代理人は、このプロジェクトで、少ないながらも利益を上げ、初めての職務を無事に遂行しえたことにより社内で大きな評価を得た。

 

竣工後まもなく、発注者の地方自治体の元へ鉄筋を含んだ杭頭切断残材を適切な処理を施すことなく埋め戻し材として転用した旨の内部告発文が届いた。早速、発注者は監理者に告発文を提示し、事実関係の調査を依頼した。監理者が担当の現場代理人に確認したところ、そのようなことは事実無根である旨の回答を得た。監理者の建設現場の監理不十分も相まって、監理者は現場代理人の回答をそのまま事実として発注者へ伝え、告発文を疑う見解を示した。発注者は監理者の回答が納得できず、調査機関に基礎周辺の発掘調査を依頼したところ、杭頭切断残材の埋め戻し事実が明らかになった。

 

その後、事実を認めた監理者、施工者は、放置しておいた場合の状況について学識経験者に調査・検討を依頼した。その結果、耐久性、構造上問題がないことが確認できた。しかしながら、廃棄物処理法と建設リサイクル法に違反した罪で施工者、監理者共に書類送検され、さらに施工会社に公共工事への数ヶ月間の指名停止、監理不十分の原因で監理会社に数ヶ月間の指名停止処分が下った。

 

 


(2)問題の認識
この事例の問題は次の点にある。

①不完全な見積もり

②関係法令違反

③自己の保身

④利益優先主義による不正なコスト削減

⑤手戻り作業による工程の遅れを受容せず

⑥監理者の建設現場に対する監理不十分

⑦環境マネジメントシステム・社内教育の徹底の不十分

⑧見えない部分の工事に対する隠蔽

 

 


(3)放置した場合、現在あるいは将来の予測
今回の事例の場合、耐久性、構造上問題がなく撤去措置を免れたが、廃棄物量の削減、廃棄物処理費の抑制等から様々な廃棄物を埋め戻し材に転用してしまう可能性がある。特にいったん埋め戻してしまえば、内部告発等がない限り、事実を隠蔽してしまえる。例えば、石膏ボードを埋め戻してしまうことにより硫化水素ガスが発生し、人体に影響を及ぼしてしまう場合も考えられる。

 

 


(4)当該案件の具体的対象法令と罰則規定
この事例では、杭頭切断残材を適切に処理せず埋め戻したことから建設リサイクル法に違反し、経済的理由が付加されているので廃棄物処理法にも違反する。さらに発注元が地方自治体であったことから公共工事への指名停止処分を受けてしまう可能性がある。

 

 


(5)解決のポイント
問題は現場代理人の自己保身による法令違反であると思われる。監理者による正式な承認が得られる前の現場代理人による作業指示に端を発し、自己の誤りを修正しなかったことが、最初の倫理上の問題につながったと思われる。次に、工程の遅延を発生させないという自己の利益追求、及びプロジェクトにおける利益の確保によって会社からの評価を得ると言うさらなる自己の利益追求によって倫理上の問題が大きくなったと思われる。

 

さらに自己の論理を正当化するために環境負荷の低減を悪用してしまったことも倫理上の問題に拍車をかけている。監理者が提案したように、仕様書変更をして現場代理人が破砕機を現場に導入し、杭頭切断残材を適切に処理して埋め戻しておけば、今回の事例では何の問題も生じなかったと思われる。ただし、現実問題として突然の仕様書変更は難しいと思われる。環境問題対策として予め計画しておけば、優れた提案となった可能性がある。

 

また、監理者の建設現場監理職務の怠慢も今回の問題を防ぐことができなかった大きな原因である。