■技術の利用に伴うリスク管理に関する事例

 

事例5:鉄筋工事の施工不良

 

施工を請け負った建設会社が高齢者住宅の鉄筋の施工ミスに設計変更で対処し、確認申請上の手続きをしないまま竣工させていたことがわかった。この高齢者住宅は、鉄筋コンクリート造6階建てのビルで、1階の柱30ヶ所のうち6本の柱で、必要な鉄筋主筋8本が不足したことが隠ぺいされたまま補修されたものである。

 


(1)経緯
大規模マンションの工事の引き渡しも終わり、基礎工事の途中からこの作業所に配属された。所員は、作業所長のほかに、自分の部下となる新入社員の3人のみである。配属されると同時に設計変更への対応、仕上げの納り図のチェックなど、すべての業務が自分に集中したが、毎回のことであり、何とか日々をこなしていた。基礎工事では配筋の全数検査を行っていたが、忙しさの中で、1階の躯体は、鉄筋工事会社の自主検査表の確認だけを部下に行わせることで済まさざるを得なかった。日々の業務はさらに多忙を極めたが、躯体工事も順調に進み、5階の躯体コンクリート打設工事に入った。


そんなある日、5階の躯体コンクリート打設の時に、圧接工事会社の指摘で初めて1階の配筋の間違いを知らされた。当然、鉄筋工事会社からは知らされていなかった。


X線による非破壊検査で確認し、さらに念のため何箇所か柱コンクリートをはつり出したところ、圧接会社の指摘のとおり、配筋が不足していることが分かった。このままでは、すでに完了に近いコンクリート躯体を解体することが頭をよぎったが、自分のキャリアに傷がつくどころか、退職を余儀なくされ、会社から損害賠償を求められることも予想された。このため、本社には報告せずに対策工事を行うことを作業所長に頼み込んだ。


設計図書どおりに施工するか、別の補強方法にするか、作業所長と検討したが、竣工後に第3者の検査を受けた場合のリスクを勘案して、設計図書どおりに主筋を後から入れることとした。しかし、設計図書どおり柱の四隅に5本ずつ配置するのは、後からのウォータージェットによる穿孔では不可能であり、柱コーナーを外した中間に近い位置に必要な本数の主筋を挿入せざるを得ない。そうすると、軽微な変更とは認められず、計画変更の確認申請が必要となるが、計画変更確認申請の期間中は工事が中断となり、今後の仕上げ工事までの影響を考えると、場合によっては2か月以上の工期遅延が発生することとなる。このことを発注者であるデベロッパーの担当者にも報告し、引き渡し日の遅延や購入者のキャンセルを発生させないため、確認検査機関に相談しないこととした。担当していた設計監理事務所は、発注者のデベロッパーの仕事を一手に担っており、細かな相談にも応じてくれ、知り合いの構造設計者に計算を依頼して、今回の配筋の変更でも柱の強度がほとんど変わらないことを確認した。今回のケースは建築基準法改正のきっかけとなった耐震偽装とは異なり、構造強度も変わらないと考えられ、しかも工事期間内で、設計図書の配筋量を確保することで、何ら問題はないのではないかとも思い始めた。配筋の挿入工事は、問題なく終了し、鉄筋の周りに埋めたグラウトモルタルも、躯体に打設したコンクリートよりもはるかに強度の高い材料を入念に施工した。


その後、最上階の躯体の工事も完了し、仕上げ工事も順調に終了した。建築検査機関は、設計変更を知らないまま完了検査済み証を交付した。


しかし問題は発覚した。この建設会社の本社は、竣工後に第三者からの投書をきっかけとして事態を把握し、発注者および行政に報告した。その結果、マスコミにも大きく取り上げられ、設計監理事務所の所員とともに刑事告発され、さらに、この高齢者住宅は約3億円の補助金が助成されることになっていたが、行政は補助金を支給しないこととなった。

 


(2)問題の認識
この事例は、明らかに犯罪行為である。構造設計者の了解も得ずに自らの判断で後から配筋を挿入し、高強度グラウトモルタルによる充填など補修方法を決定し、所定の構造強度が確保されているかも確認できないまま、工事期間内に補修してしまった。

 

 


(3)放置した場合、現在あるいは将来の予測
設計図書どおりに鉄筋本数や必要な定着長が確保されているなど、補強工事の構造性能における妥当性が仮にあったとしても、これが客観的に技術的な判断ができない状況のまま黙って完了された。このケースでは、竣工後に構造性能を評価するためには、解体工事を伴う大掛かりな技術的な検証が必要となる。しかし、それ以前の問題として、竣工検査済み証は取り消され、建て直しや補強工事の間の営業補償や工事費の数倍ともなる損害補償や買い取り請求が求められることとなる。

 

 


(4)当該案件の具体的対象法令と罰則規定
建設会社のみならず、設計監理事務所は、建築基準法、建築士法・業法違反により刑事告訴を受けるのみならず、これに伴う営業停止などの行政処分が下され、場合によっては企業存続も危ぶまれることになりかねない。

 

 


(5)解決のポイント

工程遅延に伴う営業補償など、あまりにも影響が大きいため、悪いと知りながら建築基準法に違反して、そのまま工事を進めてしまった。施工プロセス上のミスであり、竣工までに手直しをすればいいという安易な判断が、莫大な損害賠償と大きな社会的な制裁を招いたものである。施工上で手直しがきくと判断されるミスでも、建築基準法に抵触することが懸念されるならば、速やかに工事をやめて、確認申請機関や行政に正式な手続きを行い、第三者にも了解された補修方法で対策を行うべきであった。