■法令遵守/説明責任に関する事例

 

事例1:法令改正に対応できず,日影規制に違反

 


(1)経緯
本件は都内の公園に隣接する高層都市ホテルの増築のプロジェクトでの出来事である。既に、稼働中の古い既存棟に低層部分で連結して公園より遠い方の敷地に新しい高層棟を建てる計画であり、3年もの長い時間をかけスタディを続けてきた。当初、敷地隣の公園には日影規制はなく、2人の設計者が区役所でそれを確認していた。計画していた高層棟も商業地域にあり、公園に僅かに日影を落とすのみであった。

 

しかし、計画もまとまり、設計図もほぼ完成し、確認申請を提出しようとしていた段階で、隣接公園が住居地域並みの日影規制の対象になったことを知った。事業収支、近隣との協定、監督官庁との協議など積み重ねてきた多くの決定と約束を覆すことは、時間的にも困難であり、何よりも建築主の社会的信用にも影響する。設計者としても何とかして妥協点を見つけるべく、配置上の調整や高さを下げるなど計画の基本を崩さない範囲で努力を重ねた。もともと違反日影は小さく、しかも既存公園樹木の日影に重なっているので小さな修正でそれは改善されると思われたが、詳しく検討すると既存部分との複合日影の関係で以外に難しいことが判ってきた。考えあぐねた結果、複合日影であるので既存部分の塔屋と最上階の一部を壊して規制に合わせることまで決意した。その可能性を探るため、既存部分の設計・工事を担当したゼネコンに設計図書・構造計算書の借用など協力を求めたところ、自社作品がそんな形で損なわれるのは困るとのことで、既存部分を傷めずに建設できるよう自分の方からも役所に交渉してみるとの返事があった。


しばらくして、計画通りで確認を受け付けるという当局の了解を得たというゼネコン側からの返事が来て、プロジェクトとしての問題は解決した。勿論、割り切れない思いは残ったが、とりあえずホッとしたというのが正直な気持ちであった。

 

 


(2)問題の認識
条例の改正に関する情報を事前にいち早く入手できなかったため、適切な時期に計画を変更できなかった。また、遅くなっても合法的に計画を修正すべきであったと思うが、設計者として信頼を裏切りたくないという自己防衛の意識が働いたもの事実である。

 

当該公園に対する日影規制の決定は唐突な感を否めなかった。また、経過措置もないので計画上対処しにくかったのも事実である。

確認申請は計画通りの設計で許可されたが、その根拠は明らかでなく曖昧にされたままであった。我々にはないゼネコンの力に脱帽するしかなかった。

 

 


(3)当該案件の具体的対象法令と罰則規定
現行の対象法令は建築基準法56条2項の5とそれに基づく都条例である。また、建築主に損害を与えることになるので、設計契約条項による何らかの賠償請求がなされる可能性もある。

 

 


(4)解決のポイント
二つの方法が考えられる。一つは予定のスケジュールにこだわらず、建築審査会での審議を願い出るべきではなかったかということである。日影の違反範囲は小さく、しかも周辺性価値環境に直接被害を与えるものではないと思われたので、審査会で了承される可能性は高かったと思う。二つ目は事業収支を見直すなどして、計画のボリュームを縮小し日影を許される範囲に収めることである。こちらの変更のほうが事業全体に及ぼす影響が大きく、困難であったであろう。しかし、一つ目による解決ができない場合は、そこまで遡って出直さざるを得ないと思った。

 

結果的にはグレイな経過の中で決着したが、あえて自らを慰められるとしたら、条文には抵触したが、実質的な日影被害を拡大させないで済んだということであろう。