■法令遵守/説明責任に関する事例
事例2:竣工後の違法増床
お客様から頼まれて、最上階の吹き抜け部分に後から床を簡単に張れるように細工しておいて欲しいと頼まれ実施した。その後、床を張って違法増築をしたことがわかった。
(1)経過
都心3区に立地する1万2千㎡の築後27年を経過した賃貸オフィスビルの耐震改修のプロジェクトである。3階から最上階である9階のメインテナントの移転とともに、耐震改修、イメージ的にも老朽化した外装の一新、空調設備熱源及び室内機の更新などビル全体にわたる改修工事を入札で設計とともに8億円で受注した。発注者は周辺に10棟以上のオフィスビルを保有する社長のワンマンぶりが有名な企業である。入札に際しては、残りの多くの保有ビルを今後、耐震改修を3棟と2棟を新築する概算見積りの要請もあり、営業的観点からおよそ3億円の赤字を覚悟した受注であった。
活況を取り戻した都心オフィスビル市場であるが、地域格差やビル格差はさらに拡大しつつある。古く中規模以下のオフィスビルの需要と賃料相場は大規模ビルに比べ依然厳しい。法的に誘導されている耐震改修であるが、改修期間中のテナントへの補償や改修した後の賃料収入の改善見込み、新規テナント探しなど事業リスクが読みきれないことが大幅に普及していない要因の一つとなっている。このため、改修設計にあたり、発注主よりレンタブル比を最大化することと、1,2階のテナントが入居したまま改修工事を行なうことが受注する条件とされていた。
8階から9階の吹抜は、以前使用していたテナントが、講堂およびVIP向けのカフェテリアとして使用していた。当初この空間も貸し床にして欲しいとの指示であったが、本プロジェクトでは条例改定前に建てられており、すでに容積率がオーバーした既存不適格の状態であるため、現在使用している容積率は認められるが、これ以上の床面積を増築することはできない旨、報告し了解を得た。しかし、発注主との定例会議において、地下機械室の機器の入れ替えによるデッドスペースを容積から除外する案や、発注者が保有する総合設計制度を使っていた隣接地の余剰容積を移転するなど、何とか改修後の容積を増やさない限り、改修工事への投資に見合うテナント賃料が得られない旨、再三指示を受けた。 関係法令を確認し、それぞれの案に対して検討を行なったが、残念ながら要請に応えることは出来なかった。
竣工まで2ヶ月を切った定例会議の場で問題は起こった。発注主の指示した鋼製扉仕様と一部異なった状態で工事が進んでおり、まだ取り付けていない扉の製作も全て完了している状況であることがわかった。鋼製扉は納り上、内装仕上げ工事の始めに設置する必要があり、作り直したのでは工期に間に合わず、作り直しの費用も含め1億円近く発生する。 上司とも協議し、これを報告したところ、発注主からは現在の仕様でかまわないが、違約金として7千万円の改修工事費を差し引くとの指示があり、本社に持ち帰り社内会議の結果、竣工までにVEを行い、赤字幅を最小化するよう上司からの命令があった。この直後に、発注主より追加工事の打合せを至急行ないたいとの連絡があり、扉のお詫びと兼ねて上司とともに発注主の会社に伺った。社長からの要請は、吹抜部の9階床レベルにデザイン上、格子状の梁をつけて、空間にアクセントをつけ、空調設備も8階に増設する約2億円の追加工事であった。周辺が仕上がった状況での変更工事も伴い、割高だがぜひ追加したいとの要請であり、上司からも至急設計を行なうよう指示があった。しかし、発注主からの指示書では9階床レベルに設置する梁には専門家しか計算できない床スラブの新設が想定できる設計荷重が記載されており、あきらかに貸室床の増築であることが懸念された。
上司に相談したところ、懸念は分かるが、追加工事を反映した工事予算を組みなおしており、再度、設計変更を急ぐよう指示があった。
内装工事は順調に進み、また改修部分に入居する新規のテナントが決まり、テナント内装工事の追加工事も請け負うことが出来、吹抜部の格子梁のデザインも重厚な空間をかもし出す効果に我ながら満足ができた。
引渡しまでめまぐるしく工事は進み、設計者としての役割も終え、同時進行していた高層マンションの設計に忙殺された日々が続いた。
(2)問題の認識
竣工後の条例違反のともなう違法改修のニュースが報道され、営業停止処分など社会的な制裁を受けたのは耳新しい。このニュースでは発注主の責任のみクローズアップされたが、違法な改修工事の施工者の責任も問われるケースも多い。
このプロジェクトのケースでは、設計者としてのミステイクを挽回するため、違法改修に使われると知りつつ、追加工事を受けざるを得ない状況がポイントである。
(3)放置した場合、現在或いは将来に予想されること
放置した場合、現在或いは将来に技術的問題として具体的にどのような瑕疵案件が発生し得るのか。
追加工事の梁の耐力は増築される床の荷重を満足しても、建物全体の耐力として評価した場合、耐震改修後に設計荷重以上の荷重が増築により加わることとなり、大地震時に建物の損傷および人身に危険を及ぼす可能性がある。
梁の新設が増築を想定しているという懸念を抱きつつも、それより前に、増築 はできないことを発注者に報告、了解を得ている。引渡し後の床スラブを設置する工事をこの会社で行なわない場合は法には抵触していない。しかし、供用後に 増築部分を撤去するよう行政指導があり、それによりテナントが退去を余儀なくされたような場合、損害賠償を建物の所有者などとともに求められる可能性がある。
(5)解決のポイント
本プロジェクトでは、できることには限界はあるが、増築の要請に対する回答として、容積率のオーバーによる建築基準法違反は違法建築物となり、不動産の価値を著しく低下させること、耐震性が確保できない危険性があることなど工学的判断に基づく文書で定例会議の正式な記録として報告しておくことも一つの方法である。