「隠さない」 伝える勇気が 信頼を

技術者倫理研修・教育を推進するために

−日本建築学会「倫理教育プログラム開発のためのガイドブック」を用いて−
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ガイドブックの作成に当たって

 なぜ大学の建築教育の中で、あるいは企業・組織での倫理教育が求められるようになったのか、この資料を手に取った皆様は疑問に思うことがあるかもしれません。少しその経緯をご説明しましょう。
 日本建築学会は、創立から113年目に当たる1999年5月に、倫理綱領と7項目の行動規範を策定しました。信頼される専門家として誇りをもち、未来に向けて建築物の質を高めていく業務を遂行するために必要な倫理綱領を定めたものです。2002年7月には、論文・作品の発表の場におけるピアレビューに関する倫理規程を発表しました。
 そして2003年10月には本会が編集した初めての倫理教材『建築倫理用教材』を刊行しました。この背景には次の2点がありました。
1) UIA における建築家の国際的相互認証を目的とした各国の資格制度や
教育制度の相互承認へ向けた動き
2) 国内では技術者教育プログラムの審査・認定を行う
JABEE(日本技術者教育認定機構)の発足

 

 いずれも日本の建築家や建築技術者が国際社会で活躍するのに必要な動きです。その両者とも倫理教育の実施を求めているのですが、我が国の建築界には適切な教科書がないとの危機感から、初学者向けに教材が編まれたものです。
 2005 年10 月に日本全体を震撼させた耐震強度偽装事件が発覚しました。耐震安全性がこれほどまでに世間の注目を集めた例はなく、構造設計、建築士制度から専門教育の隅々に至るまで、その影響は現在も続いています。社会の感じていた建築士・技術者への信頼は大きく裏切られてしまい、現在も市民は専門家を信用していいものかどうか、疑念をもちながらの傍観を続けています。社会に与えた影響の大きさから、倫理観に欠ける専門家をこれ以上出さないためのアクションを日本建築学会も早急に行う必要がありました。日本建築学会は社会的責任を痛感し、2005年12月、健全な設計・生産システム構築のための特別調査委員会を発足させ、翌2006年9月には提言・解説を発表し、早急に取り組むべき課題を明らかにしました。
 偽装問題は耐震偽装にとどまらず、食品から耐火性能など、これ以後さまざまな事例が発覚、安心社会であった日本全体が信頼を求める社会へと急激にシフトしています。日本の国民がもつ社会的な規範そのものを短期間で根本的に変えてしまったとも言えます。かくして、「専門家としての倫理」が現在も強く意識される結果になっています。

2.倫理教育・研修が果たす役割
 社会に信頼されるには規範を示し、倫理観を豊かにもつ専門家を一人でも多く輩出しなくてはなりません。しかし行政が社会の信頼を回復するために打ったさまざまな対策には「倫理教育」という項目は前面にでてきませんでした。法律の罰則強化や建築士制度の厳格化にとどまっており、倫理に関する専門家の育成は、実務者教育と教育機関で行われる倫理教育にまかされる形になりました。確認申請制度や建築士制度などの厳格化は、言うなれば犯罪が深刻化してきた場合の刑法の厳格化と同じようなものです。しかし厳罰化だけで完全なのではなく、犯罪を起こさない人を多く育てるという倫理教育も合わせて必要であるということは論を待ちません。日本がこれまで獲得してきた安全を守るための最先端の技術を、これからも世界に発信していくことは当然ですが、さらに世界に誇る倫理をその背景にもつことが強く求められています。ある人は、安全は日本の文化であると言っています。我が国の安全文化の堅持には倫理教育の徹底が不可欠なのです。
 このような流れを受け、2006 年度から学会倫理委員会では、①建築に関する倫理的事例の調査・研究、②実務者向け倫理用教材の企画・刊行、③教材、技術者倫理研究会を通じた倫理教育の推進などの研究、開発を行っています。


3.本書の目的
 本書はこれらの活動を通じて、建築系学生に向けた倫理教育と企業・組織における実務研修を担当する方々をサポートするためにまとめられた資料です。この分野についてはまだ模索が続いていることから、まず現状の教育・研修状況をアンケート調査で明らかにし、その傾向を分析した「アンケート分析編」と、それらの助言により構築されるよりよい教育・研修の在り方をガイドブックの形式で提供した教員・研修担当者向け「ガイドブック編」から成っています。
 ガイドブック編は、これから倫理教育・研修を行おうとしている教員・研修担当者の方々をサポートするガイドブックです。建築系学生に対する倫理教育を行っている教育機関および企業・機関を対象にしたアンケート結果から事例や文言、意見などを引用・参照し、当委員会での議論を踏まえて書き下ろしたものです。


 建築は社会と密接に関連する学問領域です。社会に信頼される誇りある技術者を育てることが教育・研修の基本であることをつねに忘れずに、本資料を活用し、創意工夫にあふれる新しい教育方法を生み出していくための一助になれば幸いです。


2010年3月
日本建築学会 倫理委員会 教育・研究プログラム小委員会
主査 石川孝重

 

日本建築学会 倫理委員会